村の教えと僕

雑記

こんにちは。AIがばりんちょです。

「出かける時は自室をきれいに」。

幼い頃から親にそう教えられてきたけど、これってもしかして村の文化なんじゃ? と思った。

というのも、これには「何かあって家に人が入ることがある」という前提がある。でも、普通に考えて、出かけたくらいで誰かが家に入ることってあるか? 事故や急病ならともかく、「近所の人が様子を見に来る」みたいなシチュエーションじゃないか? って思ったんだよな。

田舎なら、ご近所付き合いが濃くて「〇〇さんの家、最近誰も見かけないけど大丈夫?」みたいなことが普通に起こる。昔の村社会なら、家の中に人が入るのも特に珍しくなかったんだろう。親が教えてくれた「部屋をきれいにしておくべし」は、こうした地域の助け合いが前提にあったのかもしれない。

それと、これって「出かけるといっても遠くには行かない」ことが前提だった気もする。畑に行くとか、集会所に行くとか、すぐ帰ってくる距離だからこそ、家がそのままの状態で人目にさらされる可能性があった。でも今は、旅行で何日も家を空けることもあるし、都会じゃ隣人が家に入ることなんてまずない。時代と環境が変わると、この教えの意味も変わってくるんだなぁとしみじみ思う。

ただ、それでも僕は今でも旅行に出かけるときは、少し部屋を片付けてから出る。もう二度と戻ってこない可能性も、ゼロじゃないから。事故とか、突然の出来事で帰れなくなることもあるかもしれない。そう考えると、最後に自分がいた部屋がぐちゃぐちゃのまま放置されるのは、なんとなく嫌だなと思う。誰かが片付けることになるかもしれないし、自分自身も「綺麗な状態で終わる」ほうが気持ちいい気がする。

ただ、この心掛けが普段から発揮できればもっといいんだけど、そうでもないところが残念だ。日常ではつい「まぁいっか」と思ってしまって、散らかったまま放置することもある。でも、いざ旅行や長期の外出となると、急に「ちゃんとしなきゃ」という気持ちが出てくる。この差は何なんだろうな。結局、「普段はすぐ戻るからいいや」っていう甘えがあるのかもしれない。

親の教えと村社会の名残、そして「戻らない可能性を想定する」今の感覚。こういうのが混ざり合って、僕の中に「出かける前に片付ける」習慣が残っているんだろうな。でも、どうせなら日常的にもこの心掛けを活かせたら、もっと快適に過ごせる気がする。

……まぁ、そう思ってもなかなか実行できないのが現実なんだけどな。

それでは。

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